滋賀県でエホバの証人であることを理由に、白内障の手術を断られたとして、滋賀医科大に330万円の損害賠償を求め、大津地方裁判所に提唱したことがわかりました。滋賀医大は「係争中のため回答は控える」としています。
エホバの証人は日本に21万人いるとされています。輸血行為の拒否にはどんな意味があるのでしょうか。
診療拒否は差別行為だとの主張
滋賀県に住む、宗教団体エホバの証人の信者であることを理由に、白内障の手術を断られたとしています。
女性は、2024年1月、白内障で手術が必要との診断を受け、紹介先である滋賀医大付属病院を受診しました。エホバの証人であるため、輸血を受けられないことを文書で示したところ、「エホバの証人は受け入れられない」と診療を断られたとのことです。女性は別の病院で手術を受けたが、輸血は必要がなかったと言います。
患者の自己決定権を尊重して適切に治療する義務を負う病院が、正当な理由なく治療を拒否したことは「公立病院の義務」に違反している。輸血ができなくても、医学的観点から宗教上の信念に沿った治療ができたはず、診療拒否は差別行為にあたり、憲法上の基本的人権の侵害だとの主張です。
エホバの証人
駅や路上で、スタンドを用意し、本や雑誌を持ちながら笑顔で話しかけている人を見たことがあるでしょうか?
エホバの証人とは、1870年代に米国で始まった宗教です。世界中に信者がいて現在日本には約21万人ほどいます。
輸血禁止について
今回問題となった、輸血が禁止になっている理由は、聖書に血を避けるように書いてあるからです。血は命を表すものであり、輸血をする(他者の命を取り入れる)ということは、命を与えてくださった神に失礼である(神に敬意を払いたい)というの考えのもとです。
ちなみに他にも祝祭日の行事を行わなかったり、選挙や政治への不参加、性交渉の制限など、日常生活への制限が多くあります。
世間の声
世間の声としては、
・輸血拒否の患者に対して、手術を断るのは、病院側の一種のリスクヘッジであり、必然的な判断である。
・過去に手術を受けたことがあるが、予想以上の多量出血になり、輸血を受けたことがあるが、私は幸い意識がある中判断ができたが、意識がなかったら同意書に則った判断になると実感した。もしものことを考えておくのが医療であることは体感した。
・宗教の信念に基づく輸血拒否は尊重されるべきであり、それを考慮した上で、最善の医療を施すべきである。
といった意見になっています。
まとめ
今回、記事やエホバの証人について調べていると、人や神を敬う気持ちがとても強いことがわかりました。
訴訟したのは単に「輸血してくれなかった」という理由だけでなく、そこに寄り添いの姿勢が見られなかったのは原因の1つの要素としてあるのかなと思います。
ただ、国民の声と同じように、個人の意向と医療機関の決まりが合わなければ、他の病院を受診することは双方にとって良い決断だったのではないかなと思いました。



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